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2024年弁護士石川が読んだ本~その2
夢枕漠さんの「陰陽師」シリーズ
みなさん、こんにちは。弁護士の石川です。
2024年も残り1月余りとなりました。
弁護士石川が2024年に読んだ本のご紹介、第2弾です。
歴史系の本として、最後のご紹介は、夢枕獏さんの「陰陽師」シリーズです。
クールな安倍晴明と、実直な源博雅のテンポの良い掛け合いが心地よい作品です。
こちらの本も、私が初めて読んだのは、高校生のときです。
私が高校生だったころ、安倍晴明を野村萬斎さん、源博雅を伊藤英明さんが演じた映画が公開されました。
そちらももちろん見に行きましたし、岡野玲子さんが描かれた漫画も読んでいました。
また、詳細は書きませんが、「陰陽師」は、私のスーパー黒歴史に深く関わる作品でもあります。
今年の夏ころになって、ふらっともう一度読んでみたいなぁと思い、フリマアプリで、全巻セットを買いました。

夢枕獏さん、中古の購入で申し訳ありません。
約25年ぶりに読み直したのですが、やはり面白いです。
1冊目の冒頭で、平安貴族が「あなや!」と叫ぶシーンが出てくるのですが、高校時代の古文の授業が懐かしく思い起こされました。
10月中、1週間に1冊ほどのペースで読み進めていました。
25年ぶりに読み直して、私が新たに気が付いたことは、「濡縁」(ぬれえん)です。
「陰陽師」シリーズでは、晴明と博政が、清明宅の濡縁で、庭を眺めながら酒を酌み交わすシーンが多々現れます。
「陰陽師」シリーズを最後に読んだのは、高校生のときでしたが、私の記憶と心の中には、きっとそのイメージへの憧れが強く残っていたのでしょう。
うちにウッドデッキが作られ、私が、夜、庭を眺めて酒を飲みたくなるのは、間違いなく「陰陽師」の影響でしょう。
「陰陽師」を読み始めた頃は、夜外で酒を飲むことができたのですが、さすがに最近は、寒くて夜外で酒を飲むことは難しくなってきました。
春は春で花粉が大変辛いのですが、早く暖かい季節にならないかと思っています。
「百舌」シリーズ
「陰陽師」シリーズを4冊一気に読んだあと、ふと書棚にある本に目が留まりました。
逢坂剛さんの「百舌の叫ぶ夜」です。

こちらの本は、10年前にTBSとWOWOWの共同制作でドラマ化された作品です。
ドラマが放送される前、TBSオールスター感謝祭で、香川照之さんが、「百舌です!」と連呼していた場面が印象的でしたが、とにかくドラマがめちゃくちゃ面白かったのです。
出演者の中でも、私は、長谷川博己さんの東和夫がツボでした。
当時、長谷川さんのことはあまり存じ上げなかったのですが、「チャオ~、倉木!」などと言って、ヘリコプターから降りてくる(去って行く?私の記憶に基づくものですので、間違ってたら申し訳ありません)シーンが非常に印象的で、「なにこの人、めちゃくちゃかっこいい!」と、ドハマリしたのでした。
さて、我が家の書棚に置かれていた「百舌の叫ぶ夜」は、実は購入後3年程度経過した本でした。
購入直後に数ページ読んだのですが、そのときは何か興が乗らず読むのを中断し、その後様々な本を買い込んだこともあってかなり寝かせてしまっていました(そういえば、昨年の今頃、年末に読むと宣言していた加賀恭一郎シリーズの最新作も結局まだ読んでいません・・・)。
このたび、何年かぶりに手に取って読み始めたのですが、まぁ何と面白いこと!
でも、何だろう、「あれ、この人物って死ななかったっけ?」みたいな、脳が混乱することが何回かありました。
「酒飲みながら読んでるからボケてたのかな」と思い、読み直すのですが、どう考えてもその人亡くなってる人なんですよね。
そういう混乱はありましたが、最後にはそういうことかと得心いたしました。
とても面白い本でした。
早速続編を購入。
こちらは、次項の「スカイ・クロラ」シリーズを読破した後、寝かせずに読み始めています。
「スカイ・クロラ」シリーズ
こちらは、キルドレ(killerとchildrenの合成語の趣旨と思われます)と呼ばれる、成長しない、戦争以外では決して死なない子どもを主人公としたお話です。
私がロースクールに通っていたころ、つまり17年ほど前に映画化もされた小説です。
私が当時この小説を読み始めたのは、いわゆるジャケ買いに近いもので、映画のポスターか何かで、主人公である草薙水素(くさなぎ すいと)を見たことがきっかけだったと思います。
草薙水素は、令和で言うところの地雷系とでも言うのでしょうか。
見た目はかわいらしいのですが、心に深い闇を持っています。
百舌の続編を購入しておきながら、記憶の彼方にあった「スカイ・クロラ」を引っ張りだし、またもや全6冊(中古)をネットで購入しました。

装丁が美しい本です。
11月は本を読むための時間がたくさん確保できたという事情もあるのですが、1か月のうちに全6冊を読破しました。
大変面白かったのですが、雰囲気は全体的に暗いですかね(いや、しかし、最後はハッピーエンドなのか・・・?)。
主人公が地雷系ですので。
ただ、私は好きです。
また、1回通読しただけでは、うまく物語がつながりませんでした(それでも面白かったのですが)。
1通り読んだうえで、もう一度最初から通読したら、なるほどそれはそういう関係だったのかと、作品がより楽しめるのではないかと思っています。
基本的に長編シリーズであるのに、最後の短編集で結末的なところが分かるというパターンの本は初めて読みました。
時間があれば、また読み直してみたいです。
今年の秋は、読書の秋でした。
10月中旬から11月末までの間に、「陰陽師」シリーズ、「スカイ・クロラ」シリーズ、「百舌」シリーズで、実に11冊も本を読みました。
これだけ読書の時間が取れるというのは、本当に幸せなことです。
逆に、10月中旬まではめちゃくちゃ忙しかったのですが、弁護士として、忙しいというのも、また有り難いことです。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
2024年弁護士石川が読んだ本~その1
司馬遼太郎さんの「城塞」
みなさん、こんにちは。弁護士の石川です。
年末が近づいてきましたので、今年も、私が読んだ本の中で、オススメ作品を紹介したいと思います。
もともと私は、歴史系の本が好きなのですが、今年の10月中盤までは、歴史物の本を多く読んでいました。
まずは、司馬遼太郎さんの「城塞」。

この本は、関ヶ原の合戦以降大阪夏の陣までの歴史について書かれた本です。
関ヶ原の合戦後、小幡勘兵衛という後の軍学の祖が、徳川方の間者として大阪場内へ侵入し、同人の視点を中心に、大阪夏の陣に至るまでの徳川と豊臣の攻防(?・外交という意味では豊臣が一方的にやられているように見えますが・・・)が描かれています。
今年、仕事で大阪に行った際、大阪でぽっかりと時間が空いてしまったことがあり、たまたま近くに司馬遼太郎記念館があるということで、同記念館を訪ねてみました。
記念館はとても素敵で、司馬遼太郎さんの作品を一堂に展示した書棚は圧巻でした。
その記念館のシアターで上映されていた映像に出てきたのが、こちらの「城塞」です。
その場で全三巻を購入しました。
司馬遼太郎記念館で本を購入すると、記念館のカバーを付けてくれます。
そして、どうして君はそうなるの!?、そんなうまく行くわけないでしょ!?という大野治長らを始めとする豊臣方の面々。
喜劇ならば良いのでしょうが、命と家の存亡がかかった時期にこの感覚ではまるでダメでしょうな、という方々でした。
そこがまた真田幸村、後藤又兵衛を引き立てるのですが。
かなりの長編小説ですが、登場人物それぞれキャラが立っており、すいすいと読めてしまいます。
とても面白い本でした。
また、こちらの本は、マレーシアにも持って行った本です(マレーシア旅行のブログはこちらからご覧ください)。
ルーフトップバーでお酒を飲みながら「城塞」を読んでたところ、店員さんに、「あなたは本が好きなんですね~」と言われました。
そういう思い出のある本でもあります。

これまで司馬遼太郎さんの作品はそれほど読んだことがありませんでした。
「城塞」以外に読んだことがある司馬遼太郎さんの作品は、「燃えよ剣」と「最後の将軍」くらいです。
いつもお世話になっている先輩弁護士からは、「峠」をオススメいただきました。
「燃えよ剣」と「最後の将軍」はいずれも幕末ものですが、「峠」も幕末を舞台とした作品のようです。
今度読んでみたいと思います。
陳舜臣さんの「小説十八史略」
続いても歴史物です。
「小説十八史略」は、中国の歴史について書かれた本で、文庫本で全6巻あります。

堯舜の伝説時代から始まり、元(モンゴル帝国)が南宋を滅ぼすところまで物語は続きます。
私は既にこの本を5、6回読んでいますが、1巻あたり500ページを超える全6巻の超大作なので、一旦読み始めても、読んだり休んだりを繰り返して、2、3年かけて全6巻を読み切るという感じで読んでいます。
私がこの本を初めて読んだのは、高校生のときでした。
高校3年生のとき、私は、項羽と劉邦が登場する鴻門之会(こうもんのかい)の話を読んでいました。
すると、その直後に行われたある全国模試の「漢文」科目で、鴻門之会が小説十八史略とほぼ同じ形で出てきたのです。
この試験では、本文をほとんど読まず、問題文だけを読んで問題が解けてしまったという(たとえば、「本文の『・・・』というのは、次の選択肢のうちどの意味か」といった問題など)、非常にラッキーなことがありました。
台湾で偶然発見した陳舜臣さんの記念コーナー
私が、弁護士になって5年ほどしたころ、当時、私は、静岡法律事務所という法律事務所に所属していました。
そのころ、同事務所で創立30周年を記念した台湾旅行が開催されました。
同旅行は、台北市を中心としたものでしたが、旅程の中に、「淡水」という地域が含まれていました。
淡水は、台北市の北東にある港町でして、当時、私は、同地域のことを全く知りませんでした。
旅程では、淡水では自由行動で、散策して昼ご飯を食べるというものでしたが、山の方をぶらぶら歩いていたところ、偶然にもある記念館の一画に陳舜臣さんのコーナーがあり、とても驚きました。


しかも、この台湾旅行に携行していた本は、なんと陳舜臣さんの「阿片戦争」でした!

写真に写っているスターバックスでの”苦い経験”については、いずれまたご紹介しましょう。
陳舜臣さんの作品は、「小説十八史略」や「阿片戦争」以外にも、「中国の歴史~近現代編」など面白い作品がたくさんあります。
中国史に興味をお持ちの方にはオススメの作家さんです。
浅田次郎さんの「蒼穹の昴」シリーズで、清朝に興味を持ちましたので、今後、陳舜臣さんの作品では、「太平天国」を読んでみたいなぁと思っています。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
弁護士になるための就職活動~弁護士石川アトムの場合3
私が描いていた「弁護士」像=マチ弁
皆さん、こんにちは。弁護士の石川です。
ここ最近、弁護士になるための就職活動についてお話をしています。
前回のブログの後半では、司法試験受験後に受けた、大阪の大手法律事務所での「サマクラ」をご紹介しました。
司法試験受験後、私自身、裁判官や検察官ではなく弁護士になりたいということはほぼ固まっていたのですが、どのような弁護士なりたいかということについては、まだふわふわとした状態でした。
と言うよりも、大手渉外事務所と呼ばれる事務所でどのような執務が行われているのか、正直よく分からなかったという感じでした(今でもよく分かりません笑)。
私にとっては、一般的な民事事件、家事事件、刑事事件を扱うマチ弁の方が、テレビドラマ等で馴染みがあり、親近感を持つ存在でした。
大阪の某大手法律事務所でサマクラをさせていただき、自分が思い描いていた弁護士という仕事に比較的近いと思ったことや、私を指導してくださった先生がとても優しかったこと、事務所の雰囲気もかっこ良かったので、同事務所に対する就職活動を行うことに決めました。
大阪某大手法律事務所での就職活動
その事務所では、サマクラ終了後、司法試験合格発表前から、会食を通じたリクルート活動が行われていました。
私は、その事務所の先生方と4回ほどお食事をさせていただきました。
先にお話ししたとおり、私の中での「弁護士」像はマチ弁であり、この点、当該事務所で働くということは、私の希望と合っていました。
しかし、私の中では、静岡で働くというビジョンが強く、大阪の同事務所で就職活動をしつつ、やっぱり静岡がいいな、とも思っていたのでした。
4回目くらいのお食事の際、食事をご一緒させていただいた先生から、「君は、今うちの事務所が内定を出すと言ったら、うちに来てくれるかね。」というようなご質問をいただいたのですが、嘘がつけない私は、「うーん。」と言ってしまったんですよね。
こんな態度では、事務所側も、もう結構です、となりますよね。
実際、その次の食事に呼ばれることはありませんでした。
また、私も、採用面接に申込みをしませんでした。
大阪での就職活動はこれで一区切りとなり、この頃には、司法試験の合格発表も出ていたかと思います。
その後、第一希望が通って、静岡での修習を始めることになったことについては、以前のブログでご紹介したとおりです。
静岡の法律事務所での就職活動
司法修習が静岡に決まったものの、静岡市(静岡支部)での修習ではなく、ショックを受けたことも以前ご紹介のとおりです。
当時、司法試験には合格したものの、法曹関係者とのツテはほとんどありませんでした(全く無かったわけではありませんが、そのツテを使える状況にはありませんでした)。
今では、静岡では、どこの事務所もホームページを持っていますが、15年前、静岡法律事務所でホームページを持っていた事務所は、3割程度だったのではないでしょうか。
まずは、ホームページを持っている事務所に、弁護士募集の記載が無いかを探しました。
しかし、司法修習が始まる前の時点から、新人弁護士募集を打ち出す事務所は、かなり少なかったです。
新人弁護士募集を打ち出している事務所に電話をしても、司法修習が始まってからお知らせします、というような感じで、東京、大阪での就職活動を経験してきた身からすると、かなりゆったりと構えており、就職活動をする立場からすると、歯がゆい感じでした。
静岡市内の某事務所にアポを取ることができ、お邪魔させていただいたこともありました。
その際、就職活動の話をしようとしたところ、「まぁまぁ、そんな話はいいじゃないか。」というような感じで、飲みに連れて行っていただいたのですが、ほとんど就職活動の話は出なかったと記憶しています。
とにかく、静岡での採用状況というのは、かなりのんびりとしたものに感じられました。
当時は、司法試験合格者が急増し、私が合格した年より前の数年間で、それなりの人数の方が静岡で就職をされていたという事情もあったのかもしれません。
私が司法試験に受かったころは、氷河期とまでは言いませんが、買い手市場で、弁護士としての就職活動は、それなりに苦労をした時期であったであろうと思います。
逆に、ここ最近では、司法試験合格者が若干減ったとは言え、十分な人数がいるはずなのに、東京一極集中の状態が続いており、静岡のような地方会で就職してくれる新人はかなり減ってしまっています。
私が弁護士になったときには、静岡県全体で20人、静岡支部だけでも10人程度は就職をしたものですが、ここ数年、静岡県全体でも7、8名程度ではないでしょうか。
時代は変わったのだなぁと実感します。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
弁護士になるための就職活動~弁護士石川アトムの場合2
大手法律事務所の新年会でのドン引きな挨拶
皆さん、こんにちは。弁護士の石川です。
前回のブログから、弁護士になるための就職活動についてお話をしてきました。
また、東京の大手法律事務所で、「サマクラ」というものがあり、それに参加したときのことをご紹介しました。
今回は、そのサマクラ後に行われた新年会のことからお話しします。
私は、某大手法律事務所のサマクラに、ロースクール1年目の夏休みに参加したのですが、同事務所から、その翌年の1月に新年会をやるということで、ご案内をいただきました。
場所は、京都の某高級ホテルでした。
今考えると、めちゃくちゃ忙しい中、学生との新年会のために東京から多数の弁護士がやってくるということ自体、大手事務所の新人弁護士リクルートに対する並々ならぬ意欲を感じます。
さて、その新年会には、同じロースクールから多数の生徒が出席しました。
1次会は、テーブルに着座したコース形式のお料理でした。
冒頭、弁護士の先生が、冗談交じりに「皆さんには、司法試験合格後は、うちの事務所で働いていただくと思いますが、」などと挨拶され、笑いが起きるなど和やかな雰囲気でした。
その後、ロースクール生全員が一言ずつ挨拶をしました。
特定のロースクール生だけがマイクをもって挨拶するということはなかったはずで、私も何かしらの挨拶をしたのだと思いますが、自分の挨拶は全く覚えていません。
しかし、同じクラスの某ロースクール生がした挨拶は衝撃的でした。
いきなり「私は弁護士にはならないのですが」と切り出したのです。
マンガなんかで、コマ全体に「ピシッ」とヒビが入るような表現があると思いますが(古いでしょうか)、そんな感じの、コンマ何秒かの真空状態がありました。
「えっ、何言ってんの?」「じゃあ、どうしてあなたは今日来たの?」と、その人以外の会場にいた全員が思ったことでしょう。
この方は、大変優秀ま方で、最終的に、京都大学ロースクール3期生の中で、3本の指に入る成績を修められた方です。
普段は穏やかな、割合のんびりとした雰囲気の方だったので、まさか、あの場で、あのような挨拶をされるとは思っていなかったので、大変衝撃的でした。
しかし、あの場でああいうことを言えちゃうところが、ある意味、我々凡人とは違うということなのかもしれません。
司法試験受験後のサマクラ
法科大学院を卒業し、司法試験を受験した後にもサマクラがありました。
この時期のサマクラは、大阪の大手法律事務所(こちらも「(大阪の)四大」などと呼んでいました)で実施されたものでした。
私は、司法試験に限らず、受験関係で、合格発表を待っているということがとても苦手です。
このブログを書いていて思い出したのですが、これまで受けてきた試験の中で、受かると思って受かった試験は一つもありませんでした。
高校受験も、大学受験も、法科大学院の受験も、司法試験も、二回試験も、全てです。
逆に、唯一と言ってもいい、「これは受かっただろ」と思った、某私立大学の大学受験には落ちました(笑)
私が受けた司法試験の場合、5月に受験をし、合格発表は9月でした。
そんな長い期間を、ただひたすら「待つ」などということには、とても耐えられません。
そういう意味もあって、大阪の大手法律事務所が実施しているサマクラに2つ参加することにしました。
大阪のサマクラも、内容は東京のサマクラと同様で、事務所や弁護士が違うだけかと思っていました。
東京の法律事務所では、全体像が全く見えない案件の、何かしらの判例検索や条文解釈の補助をしていました。
これに比べると、大阪の法律事務所では、刑事事件の弁論要旨(刑事裁判で弁護側が行う最終意見陳述)の起案であったり、相続事件の法律相談に立ち合ったりと、大手でありながら、割とマチ弁的な事件を見せていただくことができました。
大手でもこういう事件を扱うことがあるんだなと、そういう意味でも大変参考になりました。
「この店は焼きそばが美味しいんだよ」
2つの大阪の事務所のサマクラでも、お昼ご飯や、夜の会食が多く設けられていました。
その中の一つですが、水谷豊氏に似たダンディーな先生とお昼をご一緒させていただいたことがありました。
その際、中華料理屋さん(というよりは、ラーメン屋さんでしょうか)に行きました。
その先生は、「この店は焼きそばが美味しいんだよ」とおっしゃったのですが、私は、焼きめしが食べたかったので、「焼きめしが食べたいです」と言いました。
しかし、再度その先生が、「この店は焼きそばが美味しいんだよ」とおっしゃられたので、「じゃあ、焼きそばで」ということで、意見修正をしました。
あのやり取りも、今考えてみると、自分の意見を通す意思の固さを試していたのか、それとも、空気を読んだ対応を試していたのか。
あるいは、本当に、その先生が私に焼きそばを食べさせたかっただけだったのか(笑)
大阪の法律事務所でのサマクラの方が、1年目の先生ともたくさんお話をさせていただき、アットホームな印象を受けました。
両方ともとても楽しかった記憶があります。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
弁護士になるための就職活動~弁護士石川アトムの場合1
弁護士としての就職活動は司法試験の遥か以前から始まっていた
皆さん、こんにちは。弁護士の石川です。
これまで、弁護士になるために必要な「司法修習」という制度について、18回にわたりお話をしてきました。
弁護士になるためには、司法試験に合格し、司法修習という研修を約1年間受け、二回試験という卒業試験に合格する必要があります。
二回試験に無事合格した司法修習生の多くは、弁護士として働き始めますが、その中でもほとんどの修習生は、特定の法律事務所に就職し、その事務所の一員として弁護士デビューします。
中には、様々な理由により、特定の法律事務所に就職せず、弁護士デビューと同時に自らの事務所を開設するという弁護士もいないわけではありません。
このような場合、弁護士になったと同時に即独立する、ということで「即独」(そくどく)と呼ばれたりします。
即独しない修習生は、特定の法律事務所に就職する必要がありますが、法律事務所への就職活動は、どのように行われるのでしょうか。
これも、もはや15年以上前のお話になってしまうのですが、私がロースクール(法科大学院)に通っていたころ、弁護士としての就職活動は法科大学院に通っているころから始まっていたと言っても過言ではありません。
当時の司法試験(いわゆる「新司法試験」)では、多くの人にとって、法科大学院を卒業して初めて司法試験を受験するということが想定されていました。
法科大学院へ通っている時期というのは、司法試験に合格していないことはもちろん、司法試験を受けたことすら無い、という人もたくさんいました。
そういう状況であるのに、既に就職活動は始まっていたのです。
大手法律事務所の「サマクラ」
私がロースクールに入学してまだ2か月程度しか経っていないころ、掲示板にチラシが貼られていたのか、チラシが配られたのか、先輩のロースクール生から案内があったのか定かではありませんが、東京の某大手法律事務所が、事務所の紹介をする説明会を開くということで、案内がありました。
現在、日本の大きな事務所と言いますと、東京にある「四大事務所」、「五大事務所」と言われますが、私は、その中の2つの事務所の説明会に参加しました。
そのうちの1つの事務所では、京都市内の某有名ホテルの会議室で、説明が行われました。
参加した2つの説明会の記憶は既に忘却の彼方ですが、おそらくその説明会のときに、ロースクール1年目の夏休みに、1週間うちの事務所で業務体験をしてみませんか、という案内があったと思います。
東京や大阪の大手事務所で行われていた(現在も行われているようです)、夏休みに行われる弁護士事務所の業務体験のことをサマークラーク(略して「サマクラ」)と呼んでいました。
サマクラは、ロースクール生からすれば、将来就職したい法律事務所に自分をアピールする場であり、法律事務所側からすれば、若くて優秀なロースクール生をかなり早い時期から(司法試験合格の2年以上前から!!)、スカウトできるというメリットがありました。
大きな事務所で働きたいと思うロースクール生の多くは、サマクラに参加するのではないかと思います。
私がいたロースクールでは、3割程度の生徒は、ロースクール1年目の夏休みに、サマクラに参加していたと記憶しています。
「サマクラ」の中身
私が参加したサマクラは、東京の某大手法律事務所が行っていたものでした。
私は京都大学のロースクールに通っていましたので、京都から東京の事務所まで新幹線で行きました。
また、東京では、1週間宿泊する必要がありました。
これらの費用は、すべて事務所持ちです。
また、サマクラの期間中、朝食は事務所が予約してくれたホテルのビュッフェでした。
昼食や夕食も、毎回、事務所に所属している弁護士との会食で、それらの費用もすべて事務所持ちでした。
事務所に着いて早々、お昼を食べに行こうということになり、近くのホテルで昼食を取りました。
最安値のお料理が3000円くらいであり、学生だった私はとても驚きました。
さらに、おそらく今もそうだと思いますが、一応法律業務を補助する立場ということで、1日あたり1万円のバイト代的なものも支給されました。
私が参加した週は、自分を含めて6人程度のロースクール生がサマクラに参加していました。
ロースクール生一人あたり、最低でも1週間で15万円程度の経費かかるものと思いますが、大手事務所にとっては、早期スカウトのメリットに比べれば大した金額ではないのでしょう。
サマクラでは、担当となる弁護士1名(私の場合は、弁護士歴3年くらいの先生でした)から指示を受けて、裁判例を調査したり、法律の解釈について調べたりする業務を行いました。
自分以外の5人のサマクラ生は、確か全員別のロースクール(法科大学院)の方だったと思いますが、その中の一人に、めちゃくちゃ「四大事務所」やそこに所属している弁護士について詳しい方がいらっしゃいました。
四大のどこそこの事務所はこういう事務所で、あそこはこういう事務所で、あの事務所の○○先生は、こういう分野が非常に得意で・・・などというような感じです。
ロースクールに入って4か月で、よくそこまで色々調べたなぁと感心したものです。
彼は、その後、私も参加していたサマクラの事務所に入所し、現在ではパートナーになっています。
すごいです。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
司法修習のお話~その18 恐怖の二回試験3
弁護士になるための最終関門~オーストラリアでも悪夢にうなされる
皆さん、こんにちは。弁護士の石川です。
これまで、弁護士になるために必要な「司法修習」という制度について、お話ししてきました。
今回は、その18回目で、いよいよ最終回です。
過去2回のブログでは、「司法修習」のラスボス的存在である通称「二回試験」(にかいしけん)についてお話をしてきました。
私は、その二回試験で、検察→刑事裁判と2連チャンで大失敗しながら、「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」の精神で、何とか完走することができました。
二回試験の終了からその合否の発表までは、およそ3週間ありました。
司法試験のときもそうだったのですが、私は、何かの試験の合格発表を、ただじっと待っているということがとても苦手です。
そのことばかり考えてしまう状態になり、精神的に良くないということを、自分自身よく分かっていました。
合否発表までの3週間を、ただじっと待っていることなどとてもできないと考えた私は、集合修習中に、オーストラリアへの6泊7日程度(機中泊含む)の海外旅行を申込みました。
そして、二回試験を終えた翌週から、オーストラリアのケアンズへ旅行に出掛けたのです。


ケアンズ旅行自体は、とてもとても楽しいものでした。
初めての一人での海外旅行で、日中は、二回試験のことを8割方忘れることができました。



ところが、夜!!
オーストラリア滞在中、2日に1回は、二回試験、あるいは、二回試験に落ちる夢を見ました。
どんだけメンタルやられてるんだよ!という感じですが、私にとって、二回試験のプレッシャーは本当に大きかったです。
オーストラリアから帰ってきた後、修習中から私を可愛がってくれた先輩弁護士のお誘いで、飲みに連れて行ってもらったことがありました。
そのとき、先輩弁護士は、某大先輩弁護士のお通夜帰りで喪服でした。
私が、二回試験に落ちたと思うと言って、あまりに落ち込んでいたので、その先輩弁護士には、まるで私が通夜に行ってきたようだと笑われてしまいました。
その先輩弁護士には、どうやって内定先の事務所に二回試験に落ちたことを報告に行けば良いのか、というような相談までしていたように思います。
私にとって、二回試験の合否発表までの期間は、それくらい厳しいメンタル状況にありました。
「二回試験」は合格発表と言うより不合格発表
二回試験の合格発表は、司法研修所で紙が貼り出される形式で発表されます。
司法試験を含め、多くの試験で貼り出されるのは、合格者の番号だと思いますが、二回試験で貼り出されるのは、不合格者の番号です。
前々回のブログでお話ししたように、二回試験の合格率は95%を超えます。
当時、私たちの修習同期は1800人くらいいたので、合格者は概ね1700人を超えます。
確かに1700人分の番号を貼るよりも、不合格者の番号を貼り出した方が早いと言えます。
とにかく二回試験では、不合格者が貼り出されるのです(おそらく今もそうでしょう)。
私は9分9厘落ちたと思っていたので、とても和光市の司法研修所まで合格発表(というか、不合格発表)を見に行く気力がありませんでした。
しかし、その日のうちには合否を知りたいと思い、同じ静岡修習で合格発表を見に行くという友だちに、不合格者が貼り出されている掲示板の写真を送って欲しいとお願いし、その写真で確認をしました。
友だちは面白がって、わざわざ2枚に分けて写真を送ってきました(1枚目の写真は、私の受験番号の直近の不合格者の番号が写るように撮影してありました)。
掲示板には私の番号はなく、私は辛くも二回試験に合格することができたのです。
本当にほっとしました。
さて、私のころは、二回試験の成績は開示を希望することが可能でした。
忘れたころに、私の手元に、二回試験の成績表がハガキで送られてきました。
その通知を見たところ、検察科目はCでした。
Aからいくつまであるのかは知りませんが、やはり検察科目はそれなりにヤバイ状態にあったのでしょう。
他方で、大失敗したと思っていた刑事裁判科目はAでした。
何じゃそら、って感じでした。
しかし、二回試験は、一科目でも不合格だと不合格になりますので、検察科目がCであった私の心配は杞憂では無かったわけです。
二回試験の後遺症
そんなこんなで、1年間の司法修習を終え、2010年12月15日に私は静岡県弁護士会で弁護士登録をし、今14年目を迎えています(もう2か月もすると、15年目になります)。
しかし、未だに二回試験はトラウマで、半年に1回くらいは、二回試験を受験してうまくいかなった夢を見ます。
こういう夢は弁護士何年目まで見るんでしょうね。
弁護士の業務に関する悪夢ではなく、司法修習時代の悪夢を見ているうちは、ある意味、まだ平和なのかもしれません。
そんなこんなで、司法修習に関するシリーズは、一旦おしまいとしたいと思います。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
司法修習のお話~その17 恐怖の二回試験2
弁護士になるための最終関門「二回試験」~大失敗した検察科目
皆さん、こんにちは。弁護士の石川です。
前回のブログから、弁護士になるために、最後に合格しなければならない通称「二回試験」(にかいしけん)についてお話をしています。
前回お話ししたとおり、私の場合、検察→刑事裁判→・・・・という順番で二回試験を受けたのですが、初っ端の検察で大失敗しました。
詳しい内容は守秘義務に触れる可能性があるので言及できませんが、この年、修習生が起案した回答は、基本的には3つの罪名に分かれており、それぞれ3分の1ずつくらいの割合だったと聞いたことがあります。
罪名Aが正解で、B、Cの順番に評価が良いのですが、私が書いたのはCでした。
よもや検察起案でAが正解なわけがないという勝手な思い込みと、これ書いとけば落ちないだろ、という打算的な考えで、罪名Cを書きました。
しかし、完全にやっちまいましたね。
同じ静岡修習の検察官志望の修習生も、やっちまったようで、かなりしんどそうな顔をしていました。
試験終了の日に、何故かその修習生と飲みに行くことになり、お互いに、検察で何を書いたのか、という話をしたのですが、その修習生が書いた起案はBだったと記憶しています。
お互いにきっと大丈夫だよ!という根拠のない励まし合いをした飲み会でした。
弁護士の場合、二回試験は受かりさえすれば良いのです。
しかし、検察官志望者や裁判官志望者は、「一定の優秀な成績」で合格しなければいけないそうで、弁護士志望以上に、プレッシャーがかかっていたのでしょう。
ただ、その修習生も、めでたく二回試験に合格し、検察官になりました。
検察科目に続く刑事裁判科目でも大失敗
初日の検察で大失敗し、次の科目は刑事裁判でした。
私は、刑事裁判の起案をものすごく得意としており、所要時間の半分にも満たない時間で模範答案となったこともありました。
そのため、刑事裁判科目には自信がありました。
ところが、私が得意としていたのは、起案の本体の方で、小問に関する勉強はほとんどしていなかったのです。
当時、小問で最低ラインに達しないとそれだけで不合格というような話を聞いていたのですが、検察に続いて、刑事裁判科目の小問でも大失敗しました。
しかも、大問の方も、人生で初めて刑事裁判科目で○○を書こうかと迷った問題でした。
自分自身に、○○を書いたら絶対ダメ!と言い続け、●●前提の起案を作成しました。
9割5分以上が合格する二回試験の刑事裁判で、受験生に○○起案を求めることはあり得ないという打算的思考がまたもや働いたのですが、おそらくこれは正しかったでしょう。
このようなわけで、検察、刑事裁判と2科目連続で大失敗。
もうダメなんじゃないかと思いましたが、「あきらめたら そこで試合終了ですよ」の精神で、何とかその後の試験も完走しました。
でも、残りの3科目のことは、全然覚えていません。
検察と刑事裁判の内容が本当にショックだったのでしょう。
そして、検察と刑事裁判のトラウマは、その後も長く尾を引くことになります(詳しくは次回のブログで!)。
本当にあった恐い話~解答用紙を綴れず不合格
「綴れず不合格」と聞いても、二回試験に縁が無い人にとっては、全くちんぷんかんぷんでしょう。
そもそも「二回試験」というのは、厚さ1センチくらいの問題文(もはや薄い本です)を渡されて、朝9時ころから夕方4時ころまで、それに対する解答をひたすら作成するという試験です。
そして、「綴れず」というのは、解答を記載する用紙に関するお話です。
解答用紙は、横罫線付きのA4用紙で(確かA3・1枚にA4・2ページが印刷されていたと思うのですが)、用紙の左端に、ファイルに綴じるような2つの穴が空いています。
これが1人あたり何十枚も配布されます。
「何十枚」というのは、1枚1枚×何十枚という意味です。
解答用紙は、1枚1枚バラバラの状態で渡されるのです。
受験生は、この解答用紙に解答を書いていくのですが、最後に、自分が書いた解答用紙の束をそろえて、用紙に空いた2つの穴に黒いひもを通して束ねて綴るのです。
そして、制限時間内に解答用紙の束を適切な方法で綴れないと、それだけで不合格になります。
「綴れなかったら、そこで試合終了ですよ」状態になります。
えっ!?って思いません?
一生懸命頑張って司法試験に合格して、その後も1年間の研修を受けて、やっと弁護士なれると思ったら、紙をひもで綴れなかっただけで不合格!?
何言ってんの?って感じだと思うのですが、本当にそれだけで不合格になるのです。
毎年ごくわずかながら解答用紙を綴れなかったがために不合格になってしまった人が実際にいたようなのです。
そのため、私たち、当時の受験生は、とにかく綴る、ということを意識していました。
綴れずに不合格になってしまうなど、悔やんでも悔やみ切れません・・・。
「本当にあった恐い話」とはこういう話を言うのだと思います。
しかし、綴れないから不合格というのは、あまりに不合理であると最高裁判所も思ったのではないでしょうか。
近年では、答案を作成する時間が終了した後に、解答用紙をひもで綴る時間が設けられたようです。
2026年から司法試験でもパソコンによる答案作成が一般的に可能となるようで、近い将来、こんな話も過去の遺物になることでしょう。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
司法修習のお話~その16 恐怖の二回試験1
弁護士になるために合格しなければならない「二回試験」
皆さん、こんにちは。弁護士の石川です。
司法修習シリーズのブログもいよいよ最終章です。
弁護士になるために合格しなければならない試験は何でしょう、という質問に対しては、おそらく多くの方が「司法試験!!」とお答えになるでしょう。
しかし、弁護士になるために合格しなければならない試験は、実はもう一つあります。
正式名称では「考試」(こうし)、通称「二回試験」(にかいしけん)と呼ばれる試験です。
これまで、司法修習について色々とお話をしてきました。
私の時代は、最初に、地域毎に、裁判所、検察庁、弁護士の仕事を実際の場で勉強する分野別修習があり、その後、選択修習を経て、和光での集合修習という流れでした。
そして、最後に、司法修習のラスボスとして二回試験があります。
二回試験に落ちると、弁護士になれません。
翌年にもう一度司法修習を受けられるのかというと、そうではありません。
司法修習生という身分も、二回試験の終了とともに無くなります。
つまり、二回試験に落ちてしまうと、「司法修習生」という身分を失って、翌年の同時期に行われる二回試験の合格のみを目指して、ただひたすら1年間勉強し続けるという状態に置かれます(仕事をしていなければ「無職」ということになってしまいます)。
また、不合格になった場合、内定を得ていた法律事務所から、内定取消を受けるということも考えられます。
二回試験の合格率は95%を超えます。
ほとんどの修習生が合格する試験です。
それだけに、二回試験のプレッシャーは凄まじいものがあります。
集合修習の特に後半は、全修習生(おそらく)が二回試験を目指して、必死で勉強をします。
「二回試験」の受験科目と日程
司法試験では、憲法、民法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法、行政法という6つの基本科目に加え、選択科目の合計7科目の試験に合格しなければなりません。
「二回試験」では、民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護、刑事弁護の5科目の試験にすべて合格しなければなりません。
私の場合は、検察→刑事裁判・・・という順番でした。
なぜ最初の2つの順番を覚えているのかというと、最初の2つが壊滅的であった(と私が感じた)からです。
二回試験は、集合修習と同様に、和光の司法研修所で行われます。
いずみ寮に入っている修習生は、寮で朝食を済ませ、そのまま徒歩で廊下を渡って研修所に入り、試験を受けるということになります。
ハッキリした開始時刻は覚えていないのですが、おそらく午前9時かそこらだったと思います。
終了時刻もハッキリした時間は覚えていないのですが、午後4時とか、それくらいだったと思います。
集合修習に入ると、二回試験に向けて即日起案(答案練習)を何度も行いましたが、二回試験の試験時間も、基本的には即日起案と同様だったように思います。
先ほども申し上げましたように、試験科目は5つあります。
各科目を1日ごとに行います。
途中で、土日や、中日的なものがありました。
私の場合、金曜日に検察、土日を挟んで、月曜日に刑事裁判、火曜日に何かの科目、水曜日が休みで、木金と残り2科目だったのではないかと記憶しています。
恐ろしく厳格な二回試験~携帯電話は必ず預けましょう
私のこれまでの39年間の人生の中で、二回試験以上に厳しい試験はありませんでした。
司法試験ももちろん受験していますし、ロースクールに入るための入試や、大学入試、センター試験(当時)も経験しましたが、それらの試験の規律の厳格さは、二回試験の足下にも及びません。
私が司法試験を受けたのは、大阪のとある会場でした。
ある科目の終了後、私の席の斜め左方向の列の一番前に座っていた方は、係員が答案を回収中であり、自身の答案が回収されていない状態であるにもかかわらず、袋を破いて、昼食のパンを食べ始めていました。
何てゆるい試験なんだろうと思いました。
それに比べて、二回試験の厳格さたるや!
ガラケーの時代でさえ非常に厳格だったので、今はもっと厳しいと思いますが、少なくとも私の時代の二回試験では、試験会場に携帯電話を持ち込む場合、試験開始前に、携帯電話を所定の箱の中に入れて、試験監督に預けるという決まりになっていました。
しかし、いるんですよね、預けない人が。
で、鳴るんですよ、そういう人の携帯が。
おいっ!って思いましたよ。
こういうことが起きますと、試験終了後に、誰の携帯電話が鳴ったのかと、試験監督らによって「犯人」捜しが始まります。
鳴った携帯の主が特定されますと、おそらくその人は失格になります。
ですから、「やべぇ、、、オレの携帯鳴っちゃったよ。」と自分で分かっていても、「犯人」は絶対に名乗り出ません。
名乗り出たら、そこで試合終了ですよ、状態なのです。
そうすると、その部屋の受験者は、試験終了後、全員着座で待たされることになります。
私の部屋では、確か2回、つまり2日、そういった場面があったように記憶しています。
どちらか一方は、試験終了後も1時間半ほど待たされました。
5科目を同じ部屋で受けるので、2回目に携帯が鳴った人は、1回目に誰かの携帯が鳴ったとき散々待たされた経験をしていたはずなのに、どうして携帯を預けなかったのか・・・。
二回試験は本当に厳しいのです。
答案の回収が終わってないのに、パンを食べ始めちゃうとか、あり得ないんです。
二回試験中、携帯電話は絶対に預けましょう。
他の受験生に大変な迷惑がかかります。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
司法修習のお話~その15 集合修習3
いずみ寮での食生活
皆さん、こんにちは。弁護士の石川です。
最近あまりに忙しく、ブログの更新が後回しになってしまいました。
今回もこれまでに引き続き、集合修習のお話です。
集合修習中、多くの修習生は、いずみ寮という司法研修所の中にある寮で寝泊まりし、集合修習を受けることになります。
集合修習中の食生活について、先輩や、先行して集合修習を受けていた大規模庁所属の修習生から、ある噂を漏れ伝え聞いていました。
どうも寮内にある食堂がイマイチらしい、近所で食べられるところは高すぎる、という噂です。
もともと私は外食をするタイプではなく、お昼はレーズンパンでいい人だったので、いずみ寮に入った後も、食堂や外食を利用することは考えていませんでした。
いずみ寮に入った後も、たびたびレーズンパンを買いに、和光市駅近くのイトーヨーカドーに行っていました。
いずみ寮でのカップ麺生活
いずみ寮に入寮して2、3日したころだったと思いますが、同じロースクール出身の友だちと話す機会があり、食事の話になりました。
その友だちは、カップ麺をケース買いしていずみ寮に持ち込んできたということでした。
どういう話の流れでそうなったのかはよく覚えていませんが、私はその友だちから、彼が持ち込んだカップ麺のうち5~6個を購入することになり、私もカップ麺生活に突入しました。
私はレーズンパンだけでなく、カップ麺も好きなのですが、いずみ寮で、1日1、2個のカップ麺と近所のコンビニで買ったおにぎりを摂取する生活を始めて3日目に、おそろしく体調が悪くなりました。
カップ麺に頼る生活は危険だと思い、その後は、外食をするようになりました。
司法研修所の比較的近くに親戚の家があり、入寮していない静岡修習の仲の良い友だちがいました。
その友だちは、自動車の運転ができまして、カップ麺を食べ続けて気持ちが悪くなったという話をしたところ、その友だちが「君に足りないものを補いに行くから!!」と言って、自動車を運転して私を外食に連れて行ってくれたこともありました。
本当にありがとう!
時折外食をすることを決めた後、私が集合修習中によく行っていたお店は、和光市駅前の松屋さんでした。
牛丼並盛りの豚汁サラダセットで、野菜不足をカバーしていました。
今でも、松屋さんで食事をすると、集合修習のことを思い出します。
いずみ寮では、一度だけ食堂を利用したことがありました。
私はカレーを食べたのですが、全く普通でした。
カップ麺を食べ続けるくらいなら、もう少し食堂を利用しても良かったかもしれません。
涼宮ハルヒの憂鬱と競馬中継
私が集合修習を受けていた時代は、今のように、NetflixやらAmazonプライムやらが発達していた時代ではなく、そもそも当時私が持っていた携帯もいわゆるガラケーでした。
集合修習で生活が始まった当初、私が持ち込んでいた娯楽と言えば、「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズの小説くらいでした。
集合修習前に、先輩だったか、同期のいわゆるA班の友だちだったか、どちらか忘れてしまいましたが、和光の寮は、まるで病院のように殺風景だと聞かされていました。
確かに、ベッドと、壁に作り付けの机とホテルにあるような小さな冷蔵庫とユニットバスがあり、壁は一面真っ白(窓はあります)。
私の記憶では、当時、寮の部屋には涼宮ハルヒの特典ポスターを貼っていたように記憶していたのですが、どうやら「東のエデン」のポスターを貼っていたようでした。

自分自身の傾向として、授業の時間以外の時間も、何日も部屋に閉じこもっているというのは、精神衛生上良くないだろうと思い、集合修習のときには、頻繁に外出をするようにしていました。
和光市駅までは、研修所の近くからバスが出ており、和光市駅から東武東上線に乗って池袋に出掛けたこともありました。
池袋の街中で、同じロースクールの修習生とすれ違ったときは、お互いとても驚きました。
また、同じく研修所の近くから、成増へ向かうバスも出ており、成増の方が和光市駅前より賑わっている感じがして、そちらに遊びに行くことも多かったです。
成増駅の近くには、TSUTAYAがありまして、時々「涼宮ハルヒの憂鬱」のDVDを借りて見るのが集合修習中のストレス解消方法でした(↓こちらのコップはSOS団のものですね笑)。

また、私は、毎週日曜日の午後3時から1階のテレビで競馬中継を見ており、これも密かなストレス解消法でした。
知らない同期には、あいつ何なんだ、と思われていたかもしれません。
ちなみに、二回試験が終わった後の最初の日曜日、私は東京競馬場でジャパンカップを見に行きました。
この後の回に、二回試験の話を書きますが、二回試験は、二度と受けたくない試験です。
当時の集合修習は2か月弱あり、最初の1月はかなり順調だったのですが、2週目の起案の民事弁護で、あまり良くない成績が付いてしまい、そこから二回試験を終えるまではかなり精神的に大変でした。
これから二回試験を受けられる皆様は、心身の調子を整えて、心身ともに健康な状態で二回試験に臨んでいただきたいと思います。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
司法修習のお話~その14 集合修習2
「即日起案」って何ですか。
皆さん、こんにちは。弁護士の石川です。
前回の記事から、司法修習のラストダンジョン、集合修習についての思い出をお話ししています。
私が修習生であったとき、集合修習は2か月弱ありました。
その間に、即日起案が5科目×2回ありました。
2か月の集合修習のうち、前半で5科目×1回、後半の割と最初の方でもう1回実施されたという記憶です。
「即日起案」というのは、弁護士などの法曹関係者、あるいは、司法修習生以外の方には、耳慣れない、というか、全く聞いたことがない言葉だと思います。
「即日起案」というのは、「二回試験」の予行演習のようなものです(「二回試験」については、こちらの記事をご覧ください)。
「即日起案」の当日、修習生には、1人1人、厚さ1センチくらいの冊子が与えられます。
その冊子には、ある刑事事件や民事事件について、事実関係や証拠が記載されています。
修習生は、その冊子の内容を検討し、各科目において提示されている問題に対する回答を作成します。
民事裁判や刑事裁判の即日起案であれば、どのような判決を下すべきか、といった問題であったり、検察の即日起案であれば、どのような罪状で当該被疑者を刑事裁判にかけるべきかという問題であったりします。
この「即日起案」の最大の特徴は、とにかく試験時間が長いことです。
午前9時にスタートし、終了時刻は夕方4時ころだったと思います。
7時間かけて1科目に臨むのです。
「お昼休憩」という定まったものもありません。
即日起案の日は、修習生は、コンビニのパンなど予め昼食を用意しておき、記録を読んだり、答案を作成したりしながら、お昼を食べます。
1科目の答案を書くのにそんなに時間が要るのか!?と思われるかもしれないのですが、実際、それくらいの時間がかかることがほとんどでした。
答案用紙も、A4で30行くらいあるものを15枚、20枚書いていたと思います。
昼過ぎに終わってしまった刑事裁判の起案
これまでお話ししたように、「即日起案」というのは、ものすごく時間がかかり、大部なものになることが通常でした。
しかし、私が集合修習で受けた2回目の刑事裁判の即日起案は例外でした。
昼の1時か2時には答案ができあがってしまい、しかも、答案の枚数も確か7、8枚だったように記憶しています。
こんなに早く、しかも、こんなに分量も少なく終わってしまい、はて、私はこの問題にちゃんと答えられているのだろうか、何か重大な問題や要素を見落としているのではないか、と非常に心配になりました。
周りの修習生を見ても、夕方まで普通に起案に取り組んでいるようでした。
しかし、どんなに考えても、大して付け加えられる内容はなく、仕方なく私は、答案の「清書」をすることにしました。
ホントにヒマだったのです。
「清書」をするしか、やることが無かったのです。
ところが、何ということか、そのときの私の答案は、優秀答案になりました。
「清書」しておいて良かったです(笑)
集合修習の雰囲気~前半は飲み会が多かった
集合修習=最後のダンジョンであり、二回試験というラスボスを突破することが修習生全員の共通した目標です(必要とされる「突破の仕方」に個人差はあったようですが)。
受験というと、ピリピリしたような雰囲気を想像されるかと思います。
二回試験そのものは、いずれお話しするように、ものすごく厳格に行われるのですが、集合修習自体は、それほどピリピリしたものではありませんでした。
特に、集合修習の前半は、飲み会が多かった記憶があります。
即日起案が終わって、クラスでその打ち上げ的な飲み会をして、二次会でカラオケに行ったりしていました。
飲みながら、「○○さん、このままじゃ二回試験やばいんじゃないの~。」などと冗談半分に二回試験の話が出ることもありました。
また、外での飲み会に限らず、いずみ寮の中でも、「談話室」という名称だったか、その部屋だけは飲み会OKという大きめの部屋があり、そこでよく酒盛りが行われていたようです。
ただ、二回試験が1週間後、2週間後に迫ってくると、修習生全体に緊張感が漂ってきて、さすがに、その時点で、「飲み行こうぜ☆」と言ってくる猛者はいませんでした。
私は、集合修習に入るまで、共同生活というものがあまり好きなタイプではないと、自分で思っていました。
しかし、いずみ寮は、全室個室で、そのうえ、たくさんの友だちが近くにいた、という環境であったため、比較的楽しく過ごせたという記憶です(二回試験の期間以外は!)。
テレビが持ち込み不可であったことは、前回のブログでお話ししましたが、いずみ寮の1階には大きめのテレビが置いてありました。
あまり見る人がいなかったようですが、私はそのテレビで毎週日曜日の夕方、競馬中継を見ていました。
外から寮に戻ってきた修習生には、「あいつ、また競馬見てるよ・・・」と思われていたかもしれません。
静岡を拠点に活動する弁護士の石川アトムと申します。静岡市に育ち、大学時代に祖母が交通事故に遭ったことをきっかけに、人の人生の大切な一歩を支えたい気持ちが芽生えました。東北大学法学部や京都大学法科大学院で学び、地元で弁護士として働きたい想いを胸に、2022年に独立開業し、石川アトム法律事務所を立ち上げました。事件の進行状況や今後の見通しをこまめに伝えるよう心がけ、ご相談者さまの安心につながればと思っています。趣味は英会話。
