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「法定養育費」など養育費に関する民法改正について

2026-03-31

「法定養育費」制度の新設

皆様、こんにちは。 静岡で弁護士をしております石川アトムです。
いよいよ明日令和8年4月1日より、家族法に関する改正民法が施行されます。


改正民法においては、「法定養育費」と呼ばれる制度が新設されました。
今回のブログでは、同制度についてご説明いたします。

まず、とても大事なことですが、法定養育費制度の適用があるのは、改正民法の施行後、つまり、令和8年4月1日以降に離婚をした父母間の子に限られます。

法定養育費は、養育費について取り決めをすることなく父母が離婚した場合に、離婚のときから引き続き子の監護を主として行う父母から、他方の父母に対して法務省令が定める金額(子1人あたり1月あたり2万円)を請求できることとした制度です。

請求の終期は、父母が協議により養育費の分担について定めをした日、養育費の分担についての審判が確定した日、子が成年(18歳)に達した日のいずれか早い日とされています。

法定養育費を請求できる者は「父母の一方であって離婚の時から引き続きその子の監護を主として行うもの」です。
ここでいう「監護」は現実的に子を監護している者をいい、その者が親権や監護権を有しているかどうかは問題とならないとされています。

子が複数おり、子が父、母のそれぞれと生活しているという場合、父母はお互いに自身が監護する子について法定養育費を請求することができます。

他方で、子が離婚直後は母と生活していたものの、後に父と暮らすようになったという場合、父は「離婚の時から引き続きその子の監護を主として行うもの」とは言えないため、母に対して法定養育費を請求することはできません(父母の協議により養育費の金額を定める必要があります)。
その一方で、母は、離婚時から子が父と暮らすようになった時点までの法定養育費(過去分)を請求することができます。

法定養育費は遡って請求することが可能です

法定養育費の支払期は、毎月末日とされています。

これまで実務上、養育費の請求権は、原則として権利者が義務者に対して請求した時点で発生するものと考えられてきました。

逆に言いますと、請求時よりも前に「発生」していた養育費を、請求時にさかのぼって請求することは認められていませんでした。

これに対して、法定養育費制度の施行後は、法定養育費の発生要件を満たせば、離婚時から請求時までは法定養育費の請求が可能となりました。

また、請求時以降の養育費は、これまでと同様に、その後に調停ないし審判等により定められた金額の養育費を請求することができます。

法定養育費を請求される側になったら?

改正民法では、法定養育費の支払義務者が、支払能力を欠くためにその支払をすることができないこと、またはその支払をすることによって生活が著しく窮迫することを証明したときは、法定養育費の全部または一部の支払いを拒むことができるとされています。

また、家庭裁判所が養育費を定める審判を行う場合、養育費の変更の審判を行う場合、法定養育費の支払義務者の支払能力を考慮して、法定養育費の支払義務の全部または一部を免除することなどが可能とされています。

なお、支払義務者が法定養育費の減免や支払猶予を求めるためには、養育費を定めることを求める(あるいは、その増減を求める)調停または審判を提起し、その中で法定養育費の減免等を主張する必要があると解されています。

養育費に関する先取特権

先取特権(「サキドリトッケン」と読みます)という制度を聞いたことがあるという方は少ないと思います。

これまでは、相手方が任意に養育費を支払わない場合、調停または審判を経た後、それらを基礎として預金口座や給与債権などを差し押さえるという手続を取る必要がありました。

つまり、養育費の未払いに関して差押えをしようとした場合、強制執行認諾文言付きの公正証書によって養育費の取り決めをした場合でなければ、差押えに先立って、まず調停を成立させるか、確定した審判を得る必要がありました。
しかし、それらの手続きには少なくとも数か月を要することが通常でした。

このように、従前、養育費の支払権利者が相手方の財産を差し押さえようとしたときには、相当な手間と期間が必要となっていたのですが、「先取特権」は、このような調停、審判手続を経ることなく、直ちに相手方の資産を差し押さえることができるという権利です。

改正民法の施行後は、法定養育費には全額先取特権が付されています。
また、当事者間で作成した合意書や念書などの内容のうち養育費に関する部分は、先取特権の対象となります。

先取特権を行使して、差押え等ができる金額は、子1人につき1月あたり8万円とされています。

このように、改正民法の施行後は、養育費の請求に関して先取特権が利用できることにより、従来よりは、養育費を現実的に回収するということが容易になるものと思われます。

「面会交流」から「親子交流」へ ~その2・父母以外のものと「子」との交流

2026-03-24

父母以外の者と「子」との交流

皆様、こんにちは。静岡で弁護士をしております石川アトムです。

我が国においては、令和8年4月1日より、家族法に関する改正民法が施行され、これまで「面会交流」と呼ばれてきた父母と子との交流(「親子交流」)についても、いくつかの改正条項が施行されることになります。

これまで「親子交流」は、(改正前民法においては「面会交流」と呼ばれていましたが)文字どおり「親子」による交流を対象としており、祖父母には、彼らと孫とが交流することを申し立てる権利がありませんでした。

改正前民法を判断の対象とした令和3年3月29日最高裁判所第一小法廷決定は、「父母以外の第三者は、事実上子を監護してきた者であっても、家庭裁判所に対し、子の監護に関する処分として上記第三者と子との面会交流について定める審判を申し立てることはできないと解するのが相当である」として、祖母は孫との面会交流を求める審判を申し立てることはできないと判断していたのです。

今回の法改正は、この最高裁判所の判断を立法によって修正するものです。

令和8年4月から施行される改正民法においては、一定の条件がクリアできれば、祖父母等にも「子」と面会することを求めることができるようになりました。

父母以外で「子」との交流を求めることができる者の範囲

「子」との交流を求めることができる者の範囲について、改正民法は、子の直系尊属(例:祖父母)及び兄弟姉妹以外の者については、過去に当該子を監護していた者に限る、としています。

直系尊属、兄弟姉妹以外の者(例:叔父、叔母)が「子」との面会を求めようとした場合、その者は、「過去に当該子を監護していた」という要件を満たす必要があります。

「過去に当該子を監護していた」と言えるためには、「子」と同居するなど、生活の本拠が同じであり、相当程度の期間にわたる監護実績が必要と考えられています。

原則は「親」による申立て(他の親族による交流の申立ては例外的な場合にのみ認められる)

親以外の者が「子」との交流を求めることができるのは、「他に適当な方法がないとき」に限られています。

「他に適当な方法がないとき」とは、父母の一方が亡くなったり、行方不明になったりして、父母の間で親子交流について協議をしたり、父母の一方が親子交流の申立てをすることができないような状態にあるときに限定されていると解釈されています。

父母が健在である場合などは、原則として父母以外の第三者による申立ては認められません。

逆に、父母は、自身と子との親子交流とは別に、「子」にとっての祖父母など、他の親族と自身の子との交流を求める審判等を申し立てることは可能です。

父母のいずれか一方が亡くなっている場合など、「他に適当な方法がないとき」には、直系尊属、兄弟姉妹、その他過去に子を監護していた親族(例:叔父、叔母)は、「子」との交流を求める調停、審判を申し立てることができることになります。

父母以外の第三者に「子」との交流が認められるための要件

父母以外の第三者と「子」との交流が認められるためには、先に述べた「当該親族と子との交流についての定めをするため他に適当な方法がない」という要件以外に、当該第三者との交流が「子の利益のために特に必要があると認められるとき」という要件を満たす必要があります。

「子の利益のため特に必要があると認められる」場合とは、子と、当該親族との間に親子関係に準ずるような親密な関係性があることが必要であると解されています。

そして、そのような関係性の存在を基礎付けるための事情として、当該親族が相当程度「子」と同居して監護に関わってきたことなどについて具体的な事情が必要であると考えられています。

ただし、「子の利益のため特に必要があると認めるとき」という要件は、あくまでも父母の協議が調わない場合に裁判所が判断(審判)をする際の要件です。

当事者間で協議がまとまり、調停が成立する場面でこの要件を満たさなければならないというものではありません。

このように改正民法が施行されることによって、父母以外の親族にも一定の場合に、子との交流を求める申立てが可能となりました。
しかし、父母以外の親族が申立てをできる場合は例外的なものとされており、依然として父母以外の親族が「子」との交流を求めるハードルは高いといえます。

別居中の親子の交流について ~その1・「面会交流」から「親子交流」へ

2026-03-11

「面会交流」は、なぜ「親子交流」という名前に変わるのか

皆様、こんにちは。静岡で弁護士をしております石川アトムです。

我が国においては、令和8年4月1日より、離婚後の「共同親権」制度がスタートします。

これまで全10回にわたって「共同親権」に関するブログを掲載して参りましたが、離婚後の共同親権」制度の開始と同時に、これまで「面会交流」と呼ばれてきた別居中の父母と子との交流に関する規定についても、いくつかの改正を見ることになります。

これまで「面会交流」と呼ばれてきた制度は、今後は「親子交流」という名称で呼ばれることになると言われています。

「面会交流」は、離婚前で子と別居中、あるいは、離婚後の親子間において、(基本的には)定期的に、別居親と子が食事をしたり、出かけたりするなどして交流をする制度を言います。

親子の交流の仕方には、先に述べたような(一緒に食事をする、出かけるというような)「直接的な」交流以外にも、特に子どもが乳幼児である場合などには、直接的な交流に代えて、またはそれと並行して、写真のやり取りをするなど、「間接的な」交流が実施されることがあります。

また、近時ではビデオ通話を利用した交流なども実施されており、現在では、必ずしも親子が直接会うという「面会」のみが交流の形ではなくなっています。

このような事情を理由の一つとして、これまで「面会交流」と呼ばれてきた制度は、今後「親子交流」という呼称に変更されることになりました。

親子交流の試行的実施

改正前民法においても、実務上、親子交流(面会交流)に関する調停成立、審判前に、事実調査の一環として、試行的に親子交流が実施されていましたが、今回の民法改正により、試行的な親子交流について明文の規定が設けられました。

改正民法では、試行的な親子交流を実施する要件として、①子の心身の状態に照らして相当でないと認める事情がないこと、②事実の調査のため必要があると認めるときであること、という2つの要件が設定されています。

②の要件については、調停成立(父母間の合意形成)や審判(裁判官による判断)に必要かどうかという点から検討されますが、調停手続の中で明らかとなった親子交流に関する課題を解決したり、新たな課題を把握して父母間で共有したり、課題の解決に向けた父母の主体的な取組みを支援したりするためなど、広く事実の調査のために必要があると認められるときであれば、この要件を満たすものと考えられています。

具体的なケースとして、別居親と子との間で相当期間にわたって親子交流が実施されていない場合、お互いに相手方が親子交流における約束を守るか不安である場合などが考えられます。

なお、試行的面会交流の実施回数について明文上の制限はありません。
一つの調停、審判の手続内で複数回実施される場合もあると考えられます。

施行的な親子交流の実施方法

試行的な親子交流の実施にあたっては、裁判所は、交流の方法、日時、場所、家庭裁判所調査官やその他の者を立ち会わせるかどうかを決めることができることになっています。

交流の方法については、直接会うという方法だけではなく、ビデオ通話や電話による交流、写真や動画の送付、別居親から子への手紙の送付といった様々な方法が考えられるとされています。

裁判所は、試行的親子交流の実施にあたり、「子の心身に有害な影響を及ぼす言動を禁止することその他適当と認める条件」を付すことができるとされています。

たとえば、父母双方に対して、他方親やその親族に対する誹謗中傷を行わない、他方親の生活状況や居所を尋ねない、子を介した伝言をしない、といった条件が考えられます。

また、別居親に対しては、子に対して自身と生活するよう誘う行為をしない、同居親に対しては、親子交流実施後にその内容等について詳細を問うような質問をしない、などという条件が考えられます。

これらの条件について違反があった場合、違反の事実は、最終的な判断において、違反者に不利益に評価される可能性があります。

なお、離婚訴訟手続に関しても、試行的な親子交流を行う規定が新設されました。
しかし、離婚訴訟においては家庭裁判所調査官が期日に立ち会うことができず、試行的親子交流に関する調整活動が困難であると思われることから、実際上、試行的親子交流の実施を希望する場合には、離婚訴訟と並行して、別途親子交流の調停を申し立てる必要があると考えられています。

離婚前別居中の親子の交流に関する規定の明文化

改正前民法においては、離婚後の面会交流についての規定は存在したものの、離婚前別居中の親子に関する面会の規定は存在しませんでした。

今回の改正では、離婚前別居中の親子に関する面会交流の規定が新設されましたが、基本的には、従前の実務の取扱いを明文化したものです。

離婚後の「共同親権」制度10~「共同親権」と再婚相手との養子縁組

2026-03-02

離婚後の「共同親権」下にある子を養子縁組するためには、原則として元配偶者(別居親)の承諾が必要です

皆様、こんにちは。静岡で弁護士をしております石川アトムです。

今回は離婚後の「共同親権」に関するブログの第10弾で、「共同親権」に関するブログとしては最終回となります。

来月からいよいよ離婚後の「共同親権」の制度がスタートし、18歳未満の子がいる父母が離婚する場合、父母は、離婚後も「共同親権」とするのか、父母いずれかの単独親権とするのかという選択を迫られることになります。

離婚後も子が父母双方との関わりを持ちつつ成長していくということは、子の成長にとってプラスの側面があるでしょう(もちろんDVなどの事情により、すべてのケースがそうでないことは、改正法においても想定しているところです(必要的単独親権事由))。

他方で、離婚後においても「共同親権」とすることを選択した場合、15歳未満の子を再婚相手と養子縁組させようとした場合、大きな困難を伴うことが予想されます。

ここでは例として、離婚後も「共同親権」となっており、子と同居している親を母親、別居している親を父親とし、母親が再婚するという場面を考えてみます。

「共同親権」下の子を再婚相手と養子縁組させようとした場合、子が15歳未満である場合、親権者が子に代わって養子縁組を承諾する必要があります。

このような親権者による承諾を「代諾」(だいだく)と呼びます。

改正民法施行前は、離婚後は父母いずれかの単独親権のみでしたので、離婚後に単独親権者となった母親が単独で養子縁組を代諾すれば足りました。

しかし、「共同親権」下の子(15歳未満)について、子が再婚相手と養子縁組をするためには、母親は父親と「共同」で再婚相手との養子縁組を代諾する必要があります。

つまり、再婚相手との養子縁組を成立させるためには、子の父親(元配偶者で、別居親である共同親権者)に、再婚相手と自身の子が養子縁組することに同意してもらう必要があります。

私としては、この時点で、主として感情的な問題から、養子縁組に同意してくれる元配偶者がどれだけいるのか、という懸念を有していますが、さらに深刻な問題として、次に述べるような事情があります。

離婚後「共同親権」状態で養子縁組をすると、他方親(元配偶者)は親権を失います

改正民法818条3項は、子が養子であるときの親権者を、養親及び養親の配偶者たる子の父母であると定めています。

これは、離婚後に「共同親権」の状態で養子縁組をした場合、養親となった者(再婚相手が想定される)の配偶者でない親(つまり、元配偶者ないし別居親たる親権者)は、共同親権者でなくなる=親権を失うということを意味しています。

先にお話ししたように、15歳未満の「共同親権」下の子について、再婚相手と養子縁組を行うためには、元配偶者の承諾が必要となります。

しかし、元配偶者が、再婚相手との養子縁組を承諾した場合、元配偶者は、自身が有していた共同親権を失ってしまうことになります。

このような場面で、どれほどの元配偶者が、再婚相手との養子縁組を行うことに同意してくれるのでしょうか。

養子縁組の代諾に関する親権行使者の指定は極めてハードルが高い

離婚後の「共同親権」下において、父母の意見が対立した場合の解決方法として、どちらの親が、その事柄について親権を行使するのかを裁判所に決めてもらう親権行使者の指定という制度があることは以前のブログでご説明申し上げました。

養子縁組に関する代諾についても、他方親(元配偶者)が養子縁組に同意してくれない場合、「親権行使者の指定」という手続を使うことができます。

ただし、養子縁組の代諾について「親権行使者の指定」を求める場合、その他の「親権行使者の指定」の場合よりも要件が加重されています。

一般的な「親権行使者の指定」の場合は「子の利益のため必要がある」ことが要件ですが、養子縁組の代諾に関する「親権行使者の指定」の場合は、「子の利益のため特に必要である」ことが要件とされています。

これは、子の利益のため、他方親の親権を失わせてもなお、養子縁組を成立させる必要があるのか、という観点から、別居親の親権を維持することについて子の利益の観点から問題があると言えない場合には、養子縁組の代諾に関する親権行使者を指定することは認められないと考えられているためです。

このように、養子縁組の代諾に関する「親権行使者の指定」は極めてハードルが高いといえます。

一般的に、共同親権を有している他方親(元配偶者)が自身の親権を喪失するとしてもなお、再婚相手と子との養子縁組に同意してくれるケースは僅少と思われます。

そうしますと、離婚時に「共同親権」となった場合、その後同居親が再婚して、再婚相手と子(15歳未満)とを養子縁組させることはかなり難しいのではないかと考えられます。

特にお子さんの年齢が低い場合、「共同親権」とするかどうかを決める際、この点の考慮は不可欠であろうと思います。

離婚後の「共同親権」制度9~「監護」の分掌について

2026-02-19

監護の分掌~父母間で子に対する「監護」を分けること

皆様、こんにちは。弁護士の石川アトムです。

我が国においては、令和8年4月1日より、離婚後の「共同親権」制度がスタートします。

以前「共同親権」に関するブログを第8弾まで掲載してきましたが、今回はその第9弾となります。

第8弾のブログでは、親権の一部を構成する「監護権」についてお話をしました。

監護権は、親権の一部である子に対する「身上監護」を行う権限と言えます。

第8弾のブログでお話ししたように、「監護権」は父母のいずれか一方に帰属させることもできますが、本ブログで紹介するように、「監護権」を父母の間で分担させるということもできるようになりました。

「監護権」を分担する方法には2種類あり、期間的な分担と、事項的な分担があります。

期間的な「監護」の分掌(ぶんしょう)

期間的な監護の分掌は、父母が一定の期間ごとに子を交替交替で監護するというものです。

たとえば、奇数月は父親が子どもと暮らし、子どもの面倒を看る、偶数月は母親が子どもと暮らし、子どもの面倒を看るというような場合が考えられます。

このような期間の分掌が実現した場合、対象期間中は父母の一方が監護教育に関する日常的な行為を単独で行うことができます。他方で、対象期間後にも影響を及ぼすような重大な行為(たとえば、子どもの心身に重大な影響を及ぼす医療行為の実施など)については、対象期間中であっても他方親と共同で行う必要があります。

なお、期間の分掌を行った場合には、養育費や婚姻費用を支払う側の父母も子の監護をすることになります。そのため、期間の分掌を行うことにより、支払われるべき養育費や婚姻費用の金額が影響を受ける(金額が下がる)場合もあると考えられています。

期間的な監護の分掌の考慮要素

このような期間的な「監護」の分掌が認められるためには、父母のいずれにおいても監護能力や監護者としての適格性が認められる必要があります。さらに、現実問題として交替監護を行うことが可能かどうか、父母において緊密に、かつ、継続的に協力し合うことが可能かどうか、交替監護が子どもに大きな負担とならないかどうかといったことも検討されます。

より具体的には、父母間の住居の距離、移動時間、子の年齢、心身の状況、子の学校や習い事の状況、子の年齢、発達に応じた子の意向、父母の協力可能性、父母と子の関係性、現在の監護状況などの事情が考慮されて判断されます。

期間的な「監護」の分掌が認められるためには、父母が子の監護について緊密に協力し合える関係を安定して継続できることが不可欠です。父母間の協力のレベルは、「共同親権」が認められるレベルよりも高いものが必要となると考えられています。

事項的な「監護」の分掌

事項的な「監護」の分掌は、子の教育に関する監護は父親、子の医療に関する監護は母親、というように、一定の事項に関する「監護」を父母のいずれか一方に委ねるものです。

事項的な「監護」の分掌が行われると、当該事項については、監護権を有する親が単独で監護を実施することができ、他方親はこれを妨げてはならないと考えられます。

事項的な「監護」の分掌は、特定の事項に関する親権行使者の指定と重なる部分がありますが、一般的には、特定の事項に関する「監護」の分掌の方が、特定の事項に関する親権行使者の指定よりも広く、抽象的な内容を対象としていると思われます。

たとえば、「子の教育」に関する監護の分掌と、子の中学進学に関する親権行使者の指定では、監護の分掌の方が広い事項を対象としています。

他方で、監護の分掌が認められた場合、当該事項について分掌を認められた親の監護を、他方親は妨げてはならないと解され、分掌を認められた親に強い権限が付されることになります。

そのため、監護の分掌が申し立てられた場合、裁判所においては、当該事項全般について監護の分掌を認める必要があるのか、特定の事項に関する親権行使者の指定では足りないのか、という点を検討することになり、場合によっては、後者の申立てへの変更を促される場合もあると考えられます。

事項的な監護の分掌の考慮要素

事項的な監護の分掌が認められるかどうかについては、当該事項についての父母間における従前の役割分担の状況、父母間の協議の状況、子の年齢、発達特性、心身の状況、父母と子との関係、子の意向を総合考慮して、父母のどちらの方が子の利益にかなう監護権の行使ができるか、という観点から判断がされるようです。

事項的な監護の分掌の場合には、期間の分掌ほどの父母間における緊密な協力関係は必要とされないものの、少なくとも共同親権とする際に求められるのと同程度以上の協力関係が必要となると考えられています。

弁護士石川の鹿児島・宮崎旅行 その4

2026-02-09

鹿児島グルメ~芋焼酎、さつま揚げ、黒豚しゃぶしゃぶ

皆様こんにちは。静岡で弁護士をしている石川アトムです。

今回は、鹿児島・宮崎旅行のブログの最終回です。

2日目の夕方、黎明館の見学後、鹿児島中央駅へ徒歩で向かいました。

鹿児島中央駅では、さつま揚げ、芋焼酎、サツマイモのお菓子など、お土産を買い込みました。

こども向けに、九州新幹線のグッズを買っていきたかったのですが、取扱いが無いということで残念でした。

私が買ったお土産類は鹿児島空港でも購入が可能であり、おそらく多くの人が飛行機を利用して鹿児島に来られると思うので、空港で買っても良いかもしません。

鹿児島空港は静岡空港よりもよっぽどお土産コーナーが充実しているように思いました。

鹿児島旅行2日目の晩ご飯は、鹿児島中央駅から歩いて3分ほどの「かごしま黒豚六白亭」さんで食べました。

鹿児島中央駅の黒豚とんかつ・しゃぶしゃぶ 「かごしま黒豚 六白亭」

落ち着きあるお店ですが、かと言って、かしこまるほどでもない雰囲気の良いお店でした。

私はこれまでほとんど焼酎を飲んだことがなかったのですが、せっかく鹿児島に来たので、ということで、ここのお店では芋焼酎をいただきました。

そして、鹿児島と言えば、さつま揚げです。

焼きたて(揚げたて?)で提供されたさつま揚げは、外側がカリッとした食感で、すごくおいしかったです。

めちゃくちゃ焼酎と合います。

鹿児島おでんなるものも、大変美味しく、やはり焼酎によく合いました。

鹿児島に来たなら、黒豚を食べたいと思い、黒豚しゃぶしゃぶをおいているこちらのお店に来ました。

黒豚しゃぶしゃぶもほどよい脂の乗りで美味しかったです。

やはり体調がイマイチだったので、焼酎は2杯に留めましたが、大満足で、多幸感でいっぱいでした。

鹿児島のクラフトビール

体調がイマイチで、「かごしま黒豚六白亭」さんで酒量をセーブしたにもかかわらず、ホテルに帰るともう少し飲みたくなり、バーに行きました。

城山ホテル鹿児島では、クラフトビールの醸造所を併設ということで、同ホテル醸造のクラフトビールの飲み比べをいただきました。

なお、初日も外のお店では酒量をセーブしたくせに、ホテルに帰るとまたもう少し飲みたくなり、ホテルの売店で、静岡では売っていないビールを探しました。

その結果、鹿児島に来たのに網走ビールを飲むという、ちぐはぐな独り二次会となりました(それでもせっかく鹿児島に来たので、ということで、鹿児島ラーメンなるものを肴にしました)。

知覧特攻平和記念館

さて、鹿児島最終日は、以前ご紹介した朝食を食べた後、露天風呂で日の出を拝み、午前8時にチェックアウトしました。

鹿児島市内から車1時間弱走り、知覧特攻平和会館に着きました。

ここでは、第二次世界大戦末期に特攻隊員として出撃された方の遺品、遺書が展示されており、特攻隊員として出撃された方(機械の故障等により生還された方)、特攻隊員と関わりのあった方々(食堂の女将、女学生の方々)のお話を映像で見聞きすることができます。

2024年のパリ五輪の際に、卓球の早田ひな選手がオリンピック後に訪れたい場所として言及されていたことでも当時話題になりました。

また昨年は戦後80年の節目ということで、8月15日のニュース番組では中継もされていたようです。

こちらの施設については、同じ中学出身の公認会計士の友だちが鹿児島に行った際、たまたま立ち寄り、すごく良かったと言っていたため、急遽日程に組み込んだものです。

建物内は基本的に撮影が禁止されているため、施設内の様子は施設のホームページを参照されたいと思いますが、膨大な資料があります(それだけ多くの人が特攻のために亡くなられたということだと思います)。

私は午前9時の開館と同時に入館し、帰りの飛行機の都合上、午前12時まで3時間滞在したのですが、それでも時間が足りず、施設の最奥部にあった、特攻隊員として出撃された方、特攻隊員と関わりのあった方々(食堂の女将、女学生の方々)のお話の映像を途中までしか見聞きすることができませんでした。

余裕をもって見るのであれば、4時間くらいは時間が欲しいところでした。

西郷公園で記念撮影

2泊3日の鹿児島・宮崎旅行は、かなりの強行軍(特に2日目)で、できる限りの観光をしたという感じでした。

宮崎を別旅行にすれば、もう少し余裕があったとは思いますが、なかなか行ける機会が無いものですから、詰め込んでしまいました。

ブログに何度か出ているように、この旅行では体調がそれほど芳しくなく、かつ旅行の行程が忙しすぎて、珍しく若干「大変な」旅行ではあったのですが、振り返ってみるととても楽しかったなぁと思います。

是非また体調万全な状態で芋焼酎を飲みに鹿児島に行きたいと思います。

↑ 誰もいない西郷公園の撮影スポットで自撮りをする40歳男性の図

弁護士石川の鹿児島・宮崎旅行 その3

2026-01-30

モアイ像~日南サンメッセ

皆様こんにちは。静岡で弁護士をしております石川アトムです。

鹿児島宮崎旅行ブログの3回目です。

私が宮崎で見てみたいと思っていたものナンバーワンが日南サンメッセのモアイ像です。

私の勝手なイメージでは、道路端にモアイ像が立っていて、そこを自由に見られるのかなと思っていたのですが、日南サンメッセというところに有料で(大人1000円)入らなければならない、ということを現地に着いて初めて知りました。

また、その関係で、入場開始時刻があるということも現地に行って初めて知りました。

モアイ像が復元であるということも現地に行って初めて知ったのですが、モアイ像はとても大きく、ニューヨークで見たものとは大きさが全然違いました。

ホントに、こんな巨像をどうやって作ったんでしょうかね。

サンメッセ日南には、イースター島やモアイ像に関する紹介コーナーもありました。

「イースター島」はなぜ「イースター島」と呼ばれるようになったのか、モアイ像はこのようにして作られたのではないか、という予測説明など、大変興味深かったです。

また、日南サンメッセ内の高いところから太平洋を望むと、海が少し丸く見えます。

久しぶりにこういう海を見たなぁと、穏やかな気持ちになりました。

次の予定があって日南サンメッセには1時間くらいしかいられなかったのですが、もう少しゆっくりいたかったなぁと思います。

仙巌園と尚古集成館

青島神社とサンメッセ日南を訪れた後、再び鹿児島へ向けて2時間以上走りました。

午後の1時前には、鹿児島市内の仙巌園に到着。

タイミングよく駐車場に入ることができましたが、私が仙巌園を出た午後2時半ころには、仙巌園駐車場は入場待ちの車で、市街地から仙巌園へ向かう道路が渋滞していました。

仙巌園は、1658年に作られた島津家の別邸で、桜島を望む景色が大変きれいでした。

まさに「雄大な」桜島を望めるスポットです。

水戸の偕楽園内のお屋敷を訪れたときを思い出したのですが、こういう広々とした日本家屋から眺めるお庭は最高です。

ちょうど菊の季節ということで、菊の催しが行われていました。

仙巌園自体は、45分から1時間くらいあれば、回り切ることができると思います。

仙巌園のお隣には、尚古集成館があります。

島津藩の西洋文明取り入れ、殖産興業に関する資料がたくさん展示されているのですが、島津家、島津藩自体の成り立ちを解説して展示がたくさんあり、歴史好きの私としては大変興味深かったです。

コーエーテクモゲームスさんが作った、戦国・安土桃山時代の映像もとても分かりやすく、おもしろかったです。

尚古集成館の方はじっくり見ると1時間くらいは欲しいと思います。

仙巌園の中にも、尚古集成館の隣にも、薩摩切子の展示、販売を行っている建物がありました。

お土産に一個欲しいなと思ったのですが、おちょこが一個3万円とか、そういう値段だったので、結局買わずに帰ってきてしまいました。

帰ってきてからすごく欲しくなり、また鹿児島に行く機会があれば、買ってきたいと思います。

西郷隆盛、西南戦争史跡めぐり

午後3時前にホテルに戻り、再び外出しました。

このときは、徒歩で西郷隆盛、西南戦争関係の史跡をめぐりました。

最初、ホテルの近くの、西南戦争における薩軍本営跡を探したのですが、それらしきものを見つけられず、ただ最終的に「お昼だ『ドーン!』」の看板があるあたりが本営だったということに思い当たりました。

続いて、西郷隆盛が最期の数日を過ごしたという西郷窟を見てきました。

天然の洞穴という感じで、何となく雰囲気がありました。

続いて西郷隆盛の終焉の地、私学校跡地の西南戦争時の銃痕を回りました。

鹿児島県歴史・美術センター(黎明館)

2日目最後の観光は、鹿児島城(鶴丸城)御楼門からの、鹿児島県歴史・美術センター(黎明館)を見学しました。

こちらにはたくさんの展示品があったのですが、私の中で一番良かったのは、東郷平八郎が書いたという「皇国ノ興廃此ノ一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ」の掛け軸でした。

残念ながら撮影禁止物であるため、写真の掲載はできませんが、前回のブログで写真に載っているように、ちょうど司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を読んでおり、その中に出てきたセリフの実物を見られたことに感動しました。

この旅行では、維新ふるさと館、尚古集成館、黎明館という3つの博物館を回ったのですが、それぞれの性格は、以下のとおりです。

維新ふるさと館は、維新後の歴史がメインで、ビジュアル的に分かりやすいです。

大河ドラマの展示も多く、大河ドラマファンの人には特に嬉しいかもしれません。

尚古集成館は、島津家を中心とした展示で、鎌倉時代から島津家の系譜を学ぶことができます。

黎明館は、縄文時代くらいから近現代までを学ぶことができ、基本的には個々の展示の説明を読んでいくという感じです。

鹿児島には本当に見るべき博物館が多々あり、かなりのハードスケジュールでした。

弁護士石川の鹿児島・宮崎旅行 その2

2026-01-20

水曜どうでしょう「対決列島~甘いもの国盗り物語」にも登場した「むじゃき本店」

皆様こんにちは。静岡で弁護士をしております石川です。

今回は、昨年11月の鹿児島・宮崎旅行ブログの2回目です。

初日は鹿児島空港から維新ふるさと館に向かいました(維新ふるさと館についてはこちらの記事をご覧ください)。

維新ふるさと館を後にして17時ころに城山ホテル鹿児島に着き、桜島が見られる展望露天風呂に入り、その後、鹿児島の市街地へ向かいました。

ホテルからは天文館など鹿児島市内中心部へのシャトルバスが出ているようですが、あいにく時間が合わず、徒歩で市街地へ向かいました。

Google mapが指定する城山ホテルから鹿児島市内地への最短経路は、山の斜面に沿って設けられた階段(土の地面に木の棒が埋まっているもの)を降りていくというものでした。

11月下旬の17時半ころだったのですが、非常に暗く、オジサンの私でも(オジサンだから?)怖いなと思いました。

天文館では、まず、むじゃき本店に向かいました。

こちらは、水曜どうでしょうの対決列島シリーズの大トリとなった「白熊」が購入されたお店です。

むじゃき本店では、お店の外から写真を撮るだけにしましたが、18時半ころ行っても店外に行列ができていました。

大変な盛況ぶりでした。

鹿児島のクラフトビール~「46かごしまクラフト」

むじゃき本店を「見学」した後、天文館でクラフトビールを飲みました。

お店は「46かごしまクラフト」さんです。

鹿児島市内で、タップでクラフトビールが飲める貴重なお店とのことでした。

私は、IPAともう一つエールをハーフサイズでいただきました(不覚にも正式な商品名を忘れてしまいました)。

当日の体調は良好とは言えず、しかも家で朝食を摂って以来、飛行機の中で出されたお菓子以外食べていませんでした。

2杯以上飲むと悪酔いしそうな雰囲気があり、やむなくハーフ2杯に留めましたが、大変美味しかったです。

本当は、この倍は飲みたかった・・・。

行きの階段道が暗くて怖く、おそらく人生40年で初めて他に交通手段(徒歩)があるにもかかわらず、自分の便宜だけのためにタクシーに乗り、ホテルに帰りました。

朝6時前から宮崎県青島へ

2日目は、朝5時半ころに目が覚めてしまいました。

事前に立てていた計画では、朝はホテルの周辺を散歩しつつ、西南戦争時の西郷軍の本営跡地、西郷隆盛が最期の数日間を過ごしたという西郷洞窟、西郷隆盛の終焉の地を巡る予定でした。

しかし、晩秋の鹿児島の朝6時前は真っ暗で、西南戦争の激戦地でもあり、散歩してたら何か出そうな雰囲気で、何より外は真っ暗で何も見えないし、という状態だったため、散歩は諦めました。

数本のメールを打ち、朝の6時前ながら、宮崎県に向かうことにしました。

宮崎県では、初めに青島に向かいました。

鹿児島市街から2時間ほどかけて、青島へ。

青島は、海幸彦(神武天皇の祖父とされる神)、山幸彦の伝説の舞台となった場所で、橋を渡って向かいます。

青島周辺の海岸は、鬼の洗濯岩と呼ばれる、ギザギザした岩場を見ることができます。

私が行ったときは、それほど潮が引いておらず、もう一息という感じでしたが、それでもギザギザした岩の形は見ることができました。

青島にある「青島神社」は、縁結びの神様ということでしたので、私も子どもたちの良縁と、うちの事務所に将来入ってくれる新人弁護士にいい人が来ますようにということでお祈りして参りました。

絵馬がたくさん掲げられている場所には、読売巨人軍の皆さんの絵馬が掲げられていました。

境内の右手前側には、絵馬の道があるのですが、その先は、亜熱帯的な植物が見られ、巨人軍の絵馬とともに、宮崎に来たなぁと実感しました。

青島は、島を一周することもでき、10~15分程度で一周することができます。

宮崎県にトトロ出現!!

青島の次に訪れたのは、青島から車で30分ほどした場所にある日南サンメッセです。

もっとも、googlemapで、その途中に、トトロのバス停があるとのことで寄ってみました。

大きなトトロがとても可愛かったです。

こちらは、公式な(?)観光スポットでも何でもなく、民家だそうです。

訪問される際は、観光(?)マナーに十分ご配慮いただければと思います。

ということで、日南サンメッセの様子はまた次回に。

弁護士石川の鹿児島・宮崎旅行 その1

2026-01-10

弁護士のホームページとしてはダメなのでしょうが・・・

明けましておめでとうございます。静岡で弁護士をしております石川です。
本年もよろしくお願いいたします。

最近の探索アルゴリズム(検索システム)的には、弁護士のホームページであれば、その専門分野等について「きちんとした」記事を書くことによって、AI的な信頼度が上がり、上位表示がされやすくなるそうです。

つまり、業務と関係が無い記事を書くと、AIが「この弁護士大丈夫かいな。」と判断し、評価を下げるそうなのです。

しかし、年末年始に、(私の中では)比較的多数の方から「ブログ見てます!」というお声をいただきまして、自己破産や共同親権の記事も良いのでしょうけど、多少は面白みのある記事も書きたいということで、今回のブログからしばらくは、昨年11月に鹿児島・宮崎へ旅行に行ったときのことをお話ししたいと思います。

維新ふるさと館

今回も2023年の佐賀、長崎、熊本旅行と同様に富士山静岡空港から出発しました。
富士山静岡空港を昼の12時過ぎに離陸し、鹿児島空港には午後2時前に到着しました。

早速空港付近でレンタカーを借り、最初の目的地である維新ふるさと館へ向かいました。

維新ふるさと館では、大河ドラマ「西郷どん」や「飛ぶがごとく」「篤姫」などの衣装が展示されていたり、シアターでは等身大(より若干小さい?)の人形を使った明治維新への経過を辿る劇や、薩摩藩がイギリスへ派遣した薩摩スチューデントに関する映像などが流されたりしていました。

薩摩スチューデントのことはこのたび初めて知ったのですが、イギリスへの渡航費が現在の貨幣価値に換算して一人二千数百万円以上した時代に、藩の財政からその費用を拠出して、若者を留学させたという開明的な考えに驚きました。

維新ふるさと館では、2種類のシアター鑑賞をしましたが、展示をじっくりみるとすれば、2時間半から3時間くらい必要かなぁと思いました。

城山ホテル鹿児島

さて、今回私が鹿児島に行った動機の一つは、城山ホテル鹿児島の桜島を見晴らせる露天風呂に入りたいというものでした。

当初、昨年11月には、1泊2日で山形県に行く予定を立てていたのですが、妻が子を連れて2泊3日で実家に帰るということになったため、日数を要する鹿児島行きに変更しました。

鹿児島に行くことを決めた時点で、静岡・鹿児島便の航空券は1席しか空いておらず、滑り込みセーフといった感じで、鹿児島に行くことができました。

その後、初日分の城山ホテル鹿児島は押えることができたのですが、2日目には空きがなく、空きが出ても一泊15万円の準スイートとか、そこまで行かなくても1泊6万円の部屋など、到底出せない金額での空室状況で、半ば諦めて2泊目は別のホテルを取りました。

ところが、出発の前日に、奇跡的に「眺望×」の部屋が格安で空きが出たため、こちらも滑り込みセーフで、2日目の城山ホテル鹿児島を押えることができました(ただし、1泊目と2泊目で同クラスの部屋ながら部屋の移動が必要でした)。

城山ホテルは、とにかく大きくてビックリしました。

同時に3、4組は結婚披露宴パーティーができるであろうキャパがあり、建物の大きさだけ言っても、静岡のホテルアソシア4~5個分くらいあるんじゃないでしょうか。

フロントから客室に行ったり、客室から風呂に行くためのエレベーターに乗ったりするにも、建物内を相当歩きました。

 ↑ 夜のホテル敷地内

2日目は朝食付のプランを予約したのですが、この朝食が、またうまい!

ホテルからのオススメ品として、卵かけカツオ節ご飯(写真右側)と鯛茶漬け(写真左側)があったのですが、特に鯛茶漬けが絶品でした。

城山ホテルに泊まる機会がありましたら、この鯛茶漬けは是非召し上がっていただきたい。

お風呂の写真は、当然撮れなかったのですが、温泉もすばらしかったです(ホテルの公式ホームページからご覧いただけます)。

私は1泊目の日没近い時間、2泊目の夜、2泊目の日の出後の3回、風呂に浸かりに行きました。

朝、日の出時刻から20分くらいしたころが、桜島の右側から日が昇るころで、きれいでした。

ただ、日の出から30分くらいすると、遮るものなく、太陽が真正面に来るのでかなりまぶしいです。

夜は露天風呂から鹿児島市内の夜景が見えますが、やはり日中の桜島バックを強くオススメします。

城山ホテルの敷地内にある展望スペースからも桜島がきれいに見えます。

 ↑ ホテル敷地内から

観光に忙しく、部屋は寝るだけで良いという方も、敷地内からきれいな桜島を臨むことができます。

ホテルの皆さんのホスピタリティもホントに素晴らしい。

オススメのホテルです。

離婚後の「共同親権」制度8~「監護者」について

2025-12-30

「共同親権」施行後の「監護者」について

皆様、こんにちは。弁護士の石川アトムです。

「共同親権」に関するブログの第8弾です。

今回は「監護者」、「監護権」についてお話しします。

親権の中には、子の財産を管理する財産管理権(民法824条)と、子の日常的な世話や教育に関する身上監護権(民法820条)があります。

「監護権」は、親権の一部を構成する「身上監護」を行う単独で行う権限と言えます。

改正民法において、「監護者」は、単独で、子の監護教育、居所の指定・変更などを行うことができ、監護者の行為について、監護者でない親権者は、その監護行為を妨げてはならないと規定されています(改正民法824条の3)。

改正前民法においても、監護権の具体的な内容として、子の居所指定権(民法822条)と職業許可権(民法823条)が定められており、実務上「監護者」という概念は存在していました。

また、家事事件としても、「子の監護者を定める審判」などという手続がありました。

しかし、改正前民法の世界では、「監護者」は、今後離婚をすることになる夫婦間において、離婚が成立するまでの間、父母のうちのどちらが子どもと生活し、どちらが子どもの面倒を看るか、というような場面で用いられることが多かったと思います。

改正民法施行後は、離婚後における「監護者」という立場がより問題となるように思われます。

監護者の指定

先ほどお話ししたように、監護者となった父母の一方は、単独で子の監護教育、居所の指定・変更などができます。

平たく言えば、「共同親権」下であっても、単独で、子どもとどこで暮らすかということを決められるなど、かなり強い権限を持つことになります(他方で、日常的な身上監護に属する行為については、共同親権者がそれぞれ単独で行うことができます)。

改正前民法下においても、親権者は母でもいいが、監護権は父が欲しい、その意味で子の監護権を獲得したいというご相談を父側からいただくことがありました。

このようなご相談に対しては、監護権者と(単独)親権者が分かれるということは通常想定しがたい(そのため、親権者は母で、監護権者は父ということは、基本的には認められないと考えられる)と説明してきました。

改正民法においては、「共同親権」が認められており、「共同親権」は、父母が子に対する親権行使を行うに際して協力していくことが可能だと判断される場合であり、そのような状況下で、父母(共同親権者)の一方が「監護者」と指定される事案は多くないと考えられます。

「子の居所」に関する「親権行使者の指定」と「監護者の指定」

本シリーズの前半の方で「親権行使者の指定」という制度を紹介しました。

改正前民法の世界では、親権者が定まれば、子どもがどちらの親とどこで暮らすかということは自動的に決めることができました(単独親権者となった親が決めることができるためです)。

しかし、改正民法施行後は、離婚後においても「共同親権」という状況が生まれますので、「共同親権」となった場合で、子どもがどちらの親と暮らすか、どこで暮らすか、ということについて父母間に意見の対立がある場合、別途、子の居所について、「親権行使者の指定」を行う場面が増えるのではないか、とお話ししました。

ところで、子の居所を父母のどちらが決めるのか、という問題については、「親権行使者の指定」だけでなく、「監護者の指定」によっても解決が可能です。

しかしながら、「監護者の指定」は、子の居所の指定だけなく、監護全般について、父母の一方に、他の父母に優先する権限が与える制度です。

そのため、「監護者の指定」が認められる場合というのは、「親権行使者の指定」が認められる場合よりも相当ハードルは高いと考えられています。

そうなりますと、やはり、子の居所について父母間で対立がある場合には、子の居所を定めることについての「親権行使者の指定」が多用されることになるのではないか、と個人的には考えています。

監護者の指定の考慮要素

父母のいずれを監護者として指定するか、ということについては、改正前民法における「監護者の指定」事件と同様の考慮要素に基づいて判断されるようです。

つまり、①これまでの監護の状況、②父母における監護体制、③父母と子の関係性、④他方の親と子との関係に対する姿勢、などの要素に基づいて判断されると考えられます。

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